昨日は、『武学とは何か?』をお伝えしました。

今日は、格闘技や武道とはどんな違いがあるのか?についてお伝えし、さらに「無我」についてお伝えします。

まずは、

「武術」は「武学」から派生した「体術」のことで、戦闘(戦うための手段)ということになります。

「武学」があって、「武術」がある、ということですね!

これから違いを書いていきますが、どれが正しくてどれが悪い、ということを伝えたいのではありません。
あくまでも、違いを認識していただく目的で書いています。

「格闘技」とは、「ゲーム」のことです。

ルールがあり、勝ち負けが決まります。
つまり、どちらが強いか?を争うゲーム、と言えます。
例えば「ボクシング」ならば、1ラウンドは3分間で、各ラウンドの間に1分間のインターバルが入る、というルールがあり、KO(ノックアウト)あるいは判定で勝敗が決まります。

この「格闘技」で開発された技が「格闘術」です。
主に、戦場で戦う際に用いられました。

「武道」とは、「技を磨く稽古を通じて人格の完成をめざす、といった道の理念が戦場の格闘術などから発展した歴史に加わったもの」です。

オリンピック種目になっているものもあり、スポーツという考え方もできますが、

「スポーツと武道は対立概念でありスポーツ性が増せば武道性は減る」、という考え方や、「スポーツと武道は対立概念ではなく、武道でありスポーツでもあることは可能」、という考え方があります。

「剣道」はオリンピック種目にはなっていません。
全日本剣道連盟が伝えている、「五輪化に反対している理由」があります。

武道精神である「礼節」や「品格」、人間の内面を鍛え、美しくする精神。
それが五輪化による勝利至上主義や商業主義への移行で損なわれてしまう、という恐れを持っているからです。

「JUDO」となった「柔道」は、本来の白い道着でなくなってしまったりしていますし、競技化してしまっているようにも思います。

武道の場合、一般的に「師範」と呼ばれる方がおり、「師範の指導」で育成するのが基本です。
つまり、使っている手法が「ティーチング」です。

武学は、

心:「医術」=心身健康の維持向上:自分自身のコントロール
意(技):「兵術」=戦略(いかに戦わないか?):集団のコントロール
体:「体術」=戦術(具体的な戦闘のための術):相手のコントロール

です。

「術を理解する」と言う部分では「ティーチング」になりますが、
自分自身から引き出す、相手から引き出す、集団から引き出す、ことも必要となりますので、
「コーチング」「カウンセリング」「ファシリテーリング」の要素が入ります。

また、いろいろな「術」がありますが、その「術」をどのように組み合わせるのか?は「自ら考える」こととなります。
これは例えば、相手が鉄砲を持っているにも関わらず、自分は生身で戦いを挑もうとするのと同じことであり、「どのように使うか?」を、「術」を組わせて使うことが必要になります。

最終的に目指すところは・・・

「水になれ」

ブルース・リーが、老子の引用で使った印象的な言葉です。
『無我』の境地に至れば、無敵となります。

我が無いということは、勝ちたいという感情や欲求もなにも無くなり、戦うという概念もなくなり、敵は存在しなくなるのです。
ここまで体得できれば、敵は自分の中にいることがはっきりとわかるようになります。

最大の敵は自分自身。

『無我』を会得するには、自分の『軸』を創ることです。

自分の軸を創るとは、自分の原則を作ることであり、自分を定義すること。

「自分とは何か」が明確になることにより、自分の軸ができ、そこから様々な段階を経て無我のレベルに至るのです。

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