モノの観方(見方)についてで、

見たいように見て、聞きたいように聞いている

定義(意味や価値)は「そのもの(対象)」に付随しているのではない
定義(意味や価値)は「それ(対象)をみている人」に付随している

「自分が見ている現実(と思い込んでいるコト・モノ)が、
他人にとって同じ現実であるとは限らない」

ということをお伝えしました。

今回は、もう少し深堀りしてみます。

同じ事象でも、不幸に感じる人も幸福を感じる人もいます。

これも単に

「不幸な観方(見方)」「幸福な観方(見方)」をしているだけであり、事象そのものに意味はありません。

般若心経での「観自在」です。

一部を切り取って観ている

だけなのです。

さらに、

観方は習慣化し、習慣化すると観方を強めていきます

観方が強まりますから、
事象についても、強めた観方により観やすくなっていきます。

また、
より一層、観方を強めるために・・・つまり、正当性を強化するために、

観方に応じた事象が起こりやすくなります

切り取る、ということは

全体の一部を分離させているだけであり、元々は一体。

分離させて、どちらが正しいか?の解釈を加えているだけなのです。

感情や思考は目に見えません。
目に見えないものは、コントロールできませんから、
目に見えるものでコントロールする。

知識や概念を使わずに、体からアプローチする

これが「武学」の考え方です。

今回の動画は約11分30秒と少し長めです。
「どこを切り取って観ているか?」のさらに先、一体化と分離についてもお伝えしています。

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